70年代、あの頃・あの時代に戻れた
私たちシニア世代の青春賛歌!?
今年9月、高校時代の同窓会が故郷静岡で開催され出席しました。
この同窓会に先立ち、地元で暮らす同級生から「今回は3年2組が同窓会開催の当番だよ」と伝えられ、その準備のお手伝いをすることになりました。
この時の開催準備に向けたお話と同窓会のことは以前ブログで紹介しました。
かいつまんでお話すると、
せっかく皆が集まるんだから ”この曲を聴くとあの頃に戻れる思い出の歌” 企画をやってみたらどうかということで準備委員長と相談し進めました。
同窓生に郵送する出欠の往復ハガキに「思い出の歌2曲を書いてください」という内容を印刷しました。
そして集まった歌はなんと93曲。これらの曲を編集してベスト10を同窓会で発表し、それらの曲を当日の同窓会で流しました。
又、その当時の歌にまつわるエピソードもハガキに書いてもらい発表しました。
同窓会での発表(パワーポイント)
同窓生から寄せられた歌にまつわるエピソード
伊勢正三の歌が最も多かった!?
私は準備委員長から同窓生から寄せられた93曲を編集するように言われ、その作業を進めていました。
その編集中、あることに気づきました。
それは、これだけ多くの歌の中で伊勢正三が作詞作曲した歌、そして彼がかぐや姫のメンバーとして関わった歌が最も多いな~ということでした。
それらの歌は、「なごり雪」「22才の別れ」「ささやかなこの人生」「海のトリトン」「神田川」(かぐや姫)「赤ちょうちん」(かぐや姫)
高校生時代の70年代中頃といえば、フォークソングやニューミュージックの全盛期でした。
この93曲の中には吉田拓郎、井上陽水、荒井由実(旧姓)、赤い鳥、オフオース、チューリップなど数多くのヒットメーカーのシンガーやグループの歌がありました。
それら数々の曲を上回る「思い出の歌」に伊勢正三の曲が最も多かったのです。
郷愁を誘うメロディーと歌詞の内容があの時代に最も合っていたのではないかと思いました。
そんなことから、伊勢正三の歌を生で聴いてみたい、あの頃に戻れる歌をもう一度じっくり聴いてみたいという思いになりました。
すぐにネットで調べたところ、なんと私が住む川越市に近い東松山市の市民文化センターで12月2日「伊勢正三コンサート」が開催されることを知りチケットを購入しました。
12月2日「伊勢正三コンサート」
カミサンと二人で行って来ました。
実は、ご近所に住む同じ班の同年代のご夫妻もチケットを購入していました。このご夫妻は地域で活動する「昭和歌謡倶楽部バンド」のリーダーで、私のカミサンも手話で参加しています。
会場の東松山市民文化センターに入場する観客の列!
見てもおわかりのとおり、あの70時代青春を謳歌したシニア世代の人たちばかりです。
やっぱり私たちと同じように多くのファンが全国にいるんですね~。
会場は満席でした。
この文化センターホールは1200人収容とのことですから、1000人以上の観客がいたことは間違いないでしょう。
会場は撮影禁止でしたので控えていましたが、最後のアンコール場面だけは撮ってみました。
演奏はギターの伊勢正三はじめ、ギター、パーカッション、キーボードの4人バンドでした。
開催時間は17:00~19:00までの2時間。たっぷり20曲以上歌われました。
私の知らない歌や新曲も数多くありましたが、私の好きな「あの唄はも唄わないのですか」「海岸通り」「22才の別れ」を聴くと一気にあの時代に戻れました。
最後のアンコール喝采の場面では観客総立ちのスタンディングオベーション!
実はこのコンサートでは、伊勢正三のヒット曲「ささやかなこの人生」と「なごり雪」はまだ歌われていませんでした。
この会場に集ったシニア世代の観客たちは、多分この2曲が歌われていないことを知っていたと思います。リクエストの声に出さずとも ”この曲はまだ歌っていないぞ、歌ってくれ!” という雰囲気がアンコールの喝采の中に込めて総立ちしたと感じました。
案の定、再び会場に姿をあらわした伊勢正三は真っ先に「ささやかなこの人生」を歌ってくれました。
そして最後は文句なく「なごり雪」で締められました。
私たちが青春時代に戻れるのはいろいろな思い出話をするより、一曲の歌を口ずさむだけで様々な思いが甦ってくるものではないでしょうか。
今年は同窓会とコンサートの2回、あの頃に、あの時代に戻れた年でした。