広島平和記念公園
核兵器なき世界へ
私たちが広島平和記念公園を訪れたのは12月10日でした。
ちょうどこの日は、日本被団協がノーベル平和賞授賞式に出席した日でした。
ノーベル委員会のフリードネス委員長は、
「核兵器が二度と使われてはならないことを、被爆者が身をもって立証したことがノーベル平和賞の受賞理由」と述べていました。
この平和賞がもっと早い段階で受賞されるべきだったのではないか?と思った方々は数多くいるのではないでしょうか。
長年にわたってそれだけ核廃絶に向けた取り組みを積極的に行ってきた人たちだったからです。
このノーベル平和賞授賞式で代表委員の田中さんが、自身の被爆体験と日本被団協の歴史について講演されました。
スピーチの中で最も印象に残った発言は、二度繰り返した言葉です。
「何十万人という死者に対する補償は全くなく、日本政府は一貫して国家補償を拒み、放射線被害に限定した対策のみを今日まで続けています。もう一度繰り返します。原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたいと思います」
太平洋戦争では、日本は朝鮮、中国、東南アジア諸国への侵略と植民地化を進めた戦争でした。又、ハワイの真珠湾で米国に対する先制攻撃でした。こうした侵略戦争は日本が起こしたものです。
1945年7月下旬のポツダム宣言(日本の無条件降伏)に対して日本はそれを受けず、敗戦が濃厚とわかっていても戦争を継続したことで、結果、長崎と広島に原爆が投下されました。
こうした経緯からみても、原爆で亡くなった死者やその家族に対する補償は当然国がその償いをしなくてはならないと思います。
私たちが納める税金(国の財源)は国民のために、その暮らしを豊かにするために使われるものであり、国の誤った戦争で犠牲になった方々の補償に使われるものではないでしょうか。他国を威嚇し攻撃するために使われるものではありません。
そのことがまったくわかっていないのが今の政府だと思います。
早朝、広島駅前のホテルから市電(路面電車)に乗って「原爆ドーム前」で下車。
目の前に原爆ドームが建っていました。
「原爆ドーム」
今年の訪日客は11月まで3337万人という報道がありました。これは今までの最多記録だそうです。
この平和公園には、早朝にもかかわらず外国人観光客が大勢訪れていました。中にはツアーの団体客もいて、どちらかというと日本人より外国人の方が多かったです。
それだけ世界中の多くの人たちが平和への願い、関心があると思いました。
「原爆の子の像」と「語りつぐ平和の緑」花壇
「原爆死没者慰霊碑」
慰霊碑を中心とする平和記念公園と「平和記念資料館本館」
この後、資料館を訪れ原爆の実態とその生々しい悲惨な状況を目の当たりにしました。
ここでは言葉に言い尽くせないほどの原爆の恐ろしさを痛感しましたので、今回このブログではコメントを控えます。
広島に行く機会がありましたら、皆さんぜひ訪れてみてください。
「G7広島サミット記念館」???に違和感!
平和記念資料館でたっぷり2時間ほど過ごしました。
ちょっと疲れた感じで会館出口から晴れ渡った屋外に出た時、右手に新しい建物がありました。
ここはなんだろう?と思いしばらく目を向けていたところ、「G7広島サミット記念館」でした。
「えっ!、いったいなぜ広島平和記念公園にサミット記念館があるの?」
私は驚きました。昨年5月に開催されたG7サミットの記念館が建てられていたことでした。
「G7広島サミット記念館」 HPより
被爆地でのG7サミットの開催は初めてのことであり、各国の首脳等が、広島に集い、対話を重ねられるとともに、被爆の実相に触れ、平和への願いを込めたメッセージを残されました。
「平和への願い」は全世界の人たちにとって共通するものです。
そうした願いのメッセージをG7で託したことはわかりますが、ただ平和という言葉だけでなく行動に移す中身が全くなかったのではないでしょうか。
単に広島に先進7か国が集まったというだけのことで記念館が建てられたことに大変な違和感を抱きました。
この広島サミット開催にあたって、内外の多くの人たちが核兵器廃絶に向けた前向きなメッセージを期待していたと思います。しかし、残念ながらG7の対応はこの期待に背くものでした。
ではこのサミットがどういうものであったのか、簡潔に記してみると、
■米国を中心に軍事ブロックに参加する諸国で構成されている
■核兵器によって他国を抑えようとする「核抑止論」を公然と唱えている
■すでに国際法としての地位を築いている核兵器禁止条約に批准はおろか無視する姿勢
こうした国々によって成り立っているG7が被爆地でサミットを開催?
ノーベル平和賞の授賞式後、被団協の木戸事務局長が、記者に語った感想を述べていました。
「日本政府は核兵器のない世界を共有し ”唯一の戦争被爆国” というけれど、枕ことばにすぎない」
と痛烈に批判していました。
この「枕ことば」(枕詞)は、「枕詞そのものには意味をもたない」とあります。
つまり、この言葉をなぞっているだけのあいさつ的なものとして使われているということなんでしょう。
確かにそういう風に捉えれば、今までの政府は呪文のように繰り返し、そして何もしないという姿勢をとってきました。
被爆者のサーロー節子さんはこの広島サミットに対して語っていました。
「自国の核兵器は肯定し、対立する国の核兵器を非難するばかりの発言を被爆地からするのは許されない」
この批判は、G7広島サミットの本質をズバリ言い当てたものだと思います。
「核抑止」論の見直しと、核兵器禁止条約に正面から向き合う姿勢が、今後のG7諸国に強く求められていると思います。