小説「妻の終活」 前編

本当に大事なことは

半径50m以内にあった!?

 

「俺はもう死ぬんだから・・・」、「俺はもう老い先短いんだから・・・」

こんな話やセリフは、まだ直接「死」と向き合うことのない特に70歳を超えた世代の男性に意外と多いことに気づきます。
あくまでも個人的な感想ですが。

日本人男性の平均寿命は現在81歳ですが、すでに70歳まで生きている人の平均余命は86歳だそうです。
あくまでも平均値なので個人差はいろいろあると思いますが。
”人生100年” とまではいかなくても、現代の医療技術の発展を考えれば、大病さえなければ平均余命は更に延びると思います。

そんな時代に生きながら、70歳で「俺はもう・・・」はいったい何なんでしょうか?

このセリフをタイトルにした内館牧子さんの小説「もう死ぬんだから」の中では、

死ぬんだから」というセリフは、高齢者にとって免罪符である。それを口にすれば、楽な方へ楽な方へと流れても文句は言われない。

又、このセリフは自分自身に対して言う言葉であり、家族も含め他者に対して言う言葉ではありません。
見方によっては「覚悟を決めた」ようなセリフに捉えることもできますが、どちらかというと「身勝手」なセリフとしての意味合いが強いように思えます。

「俺はやるだけのことをやったから後は頼むよ」というような含みもあり、「後を頼むよ」の「後」がどれだけ大変なものなのか分かっているんですか?と聞きたいものです。
後に残された家族の気持ち、遺品の整理や事務作業、その他今までの様々な思い出・・・。

社会の第一線から退いて、楽な方へ楽な方へという気持ちも分からない訳ではありませんが、もしこのセリフを発するのであれば、周囲に迷惑をかけずに「後のこと」をしっかり準備してからの言葉にしたいものです。

 

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先日近くの書店に立ち寄った時、小説「妻の終活」(坂井希久子著)という本に目が留まりました。

タイトルから想像すると、退職された夫婦生活の中で妻自身が身の回りの物を整理し準備していく様子を手引書みたいな感じで描いた物語なのかな~と思いましたが、実はそういったレベルのものではなかったと驚きました。

まもなく70歳になる一ノ瀬廉太郎は仕事一筋で生きてきた。結婚生活42年、家事や子育ては妻の杏子に任せきり。そんな妻が末期がんで余命一年と宣告され・・・。

 

小説のタッチは、内館牧子の「終わった人」垣谷美雨の「定年オヤジ改造計画」のような雰囲気が感じられます。

私たちの日常生活にあるものがストレートに出てくることで読みやすいです。
又、家族の会話シーンもリアルに描かれ、日常会話のキャッチボールに頷いてしまうものがあります。
そんなことで、「終わった人」「定年オヤジ改造計画」と同類の小説という雰囲気はありますが、一つだけ大きな違いは「死」というものが前面に出ていることで読み手の心の中に深く切り込んでいくという感じでした。

 

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物語は、妻の杏子(68歳)が虫垂炎の手術をして入院。
一旦退院した後に、術後の経緯について医師からの説明を受けるため、杏子が主人の一ノ瀬廉太郎に一緒に来て欲しいとの話から始まりました。

「だからなんだって言うんだ。そんな急に仕事を休めるわけがないだろう」
「仕事と言ったって、嘱託じゃありませんか」
「仕事は仕事だ! ろくすっぽ働いたことのないお前には分からないだろう。馬鹿にするな!」
今年の冬で70になる廉太郎は、大学新卒からずっと勤めてきた製菓メーカーに再雇用され、今も嘱託として働いていた・・・。
「すみませんでした」

この短い会話でも察することができるように、夫は会社人間として今まで過ごしてきて、家庭のことは全て妻杏子に任せてきた経緯があります。
夫婦は埼玉県春日部市に住み、子供たちが巣立った後二人で暮らしているという設定でした。
この家族には、結婚して三児の母になった県内に住む長女美智子(40代)と大阪で働いている二女恵子(30代)がいます。

そんな母のことを心配して近くに住む長女美智子が付き添いとして病院に行ってきました。
数日後、美智子が実家にやって来ました。

「お前、なんでいるんだ」
「はーっ、ほんっと失礼。お母さんのために来たに決まってるじゃない」
ますます解せない。杏子に目をやると・・・なぜか顔を伏せている。
「じゃあいいのね。私が言っちゃうよ」
廉太郎は娘と妻を見比べる。なぜだか分からないが、嫌な予感がする。
「お母さんね、この間盲腸の手術をしたでしょう」
そんなことは、確認されるまでもなく知っている・・・。
「あれね、調べてみたらがんだったって」
「がん?」
・・・・
「播種(はしゅ)の状態だって。いろんなところに飛び散っちゃって、もうね、取れないんだって」
説明する美智子の声が、水でふやけたようになっていく。唇を震わせて耐えてはいるが、目の縁に涙が盛り上がる。
娘にこれ以上の負担をかけてはいけないと思ったのか、杏子がすっと顔を上げた・・・。
「すみません。もう助からないそうです」

「---聞いてない」
「あたりまえでしょう!」
美位子が堪えていた感情を、涙と共に爆発させた。
「だって、病院について行かなかったんだから!」
あれか。杏子が病院について来てくれと言っていたのは、検査結果を聞くためだったのか。
「そんな用事だったとは、知らなかった」
「それでもお母さんがわざわざついて来てほしいって言うんだから、ただごとじゃないって分かるでしょう?」
・・・・・。
「お前死ぬのか?」
「お父さん!」
美智子が金切り声を上げる・・・。

「ええ、そのようです」
「どのくらい?」
「もって一年と言われました」

 

普段の日常生活の中で、長い闘病生活とは別に、突然こうした告知は意外と現実性があるのではないでしょうか。
それは「がん」という特性の病気ならではのことかもしれません。
実際にすい臓がんで亡くなった兄のことを思い出しました。
義理の姉から連絡を受け、次兄と共に実家に行きました。
早々地元の病院に出向き、医師から「年を越せない(半年)」と知らされました。

世間一般では、男性の方が先に逝くことが多いです。
それは冒頭でも述べたように、平均寿命をみても明らかです。
そんなことから、世の男どもは「もう死ぬんだから」というセリフを簡単に口にするのかもしれません。
そして、”妻が先に逝く” ということを考えることもしない・・・。
それは、自分の頭から強制的に排除してしまうほど ”絶対に受け入れたくない思い” がある弱い動物?、身勝手さ?なのかもしれません。

”妻が先に逝く” ということは、夫にとってそれほど衝撃的なことだと思います。

 

そんなことは考えこともなかった。二人同時に事故にでも遭わないかぎりどちらかが先に逝くのは分かっていた。そしてそれはおそらく、自分だとも。

「いきなりだよね。あんまりだよね」
呼吸困難のように喘ぎつつ、美智子は必死に言葉を紡いだ。
「だからお願い、もうお母さんを解放してあげて」
・・・・・。

この「解放してあげて」という言葉には、深い意味があると思います。
特に夫が定年退職して夫婦二人の老後生活が始まる時、まさにその時からこの言葉の存在が大きくなっていくものではないかと。
今まで家族を支え、夫を支えてきた妻は、ようやく ”自分の時間” を獲得した。
そして、このことは ”夫の自立” を促すということも含まれている。

 

廉太郎は、妻のがん告知を契機に長年勤めてきた会社を辞めて家事を手伝うようになり、同時にご近所さんとの付き合いを深めていくようになります。
隣に住む斎藤さん(60代半ば)とは将棋をとおして親しくなります。
この斎藤さんは、一人息子の就職を機に、奥さんに三行半を突きつけられ出ていかれた熟年離婚の人で、現在は一人暮らし。

「奥さんはお出かけですか」
「えっ、まさかご存知ないんですか?」(斎藤さん)
・・・
「ずいぶん前に、出て行かれてしまったんですけども」
「あっ!」
思い出した。そういえば、一時期噂になっていた・・・。
「すみません」
どれだけご近所のことに関心を払わずに生きてきたのだろう。廉太郎は気まずさに身を縮める。
「外に働きに出ていると、半径50m以内で起こっていることなんて、ひどく退屈でくだらないものに思えてしまいますよね」
「そんなことはーーー」
・・・・・・。

この後、働いていた頃の仕事の話題になり、お互い家庭を顧みなかった話になっていきます。

「ま、本当に大事なものは、半径50m以内にあったという話です」

 

外に働きに出ている男性(夫)は、全てとは言いませんが、こうした家庭を顧みなかったという状況だったのではないかと思います。
私も仕事に夢中になり、こうした状況になっていた時期もありました。

では、女性の場合はどうでしょうか?
私たち夫婦は長年共働きでしたが、今や多くの家庭では共働きが一般的になっています。
仕事はきっちりこなし、帰宅してからも家事・育児に専念しています。働くことへの生きがい、キャリアアップ、そして同時に家庭の確立を目指した考えからだと思います。

”大事なものは半径50m以内にある” という意味は、ご近所も含め ”自分たちが生活している基盤の所(家庭)” にあるということを改めて認識します。

 

この小説を読み終えた時、前々回ブログアップした「あなたの人生、片づけます」(垣谷美雨著)の内容と重なりました。
それは、断捨離にしても、後に残すモノとしても、”物ではなく心のこと” という意味が共通していることでした。

このことについては、少し長くなりましたので、また皆さんと一緒に後編で考えていきたいと思います。

 

「妻の終活」 後編につづく

2 thoughts on “小説「妻の終活」 前編

  1. すーさん、今晩は~。

    またまたタイムリーな話題です。

    >それは、断捨離にしても、後に残すモノとしても、”物ではなく心のこと” という意味が共通
    していることでした。

    私も同感です。旅立った後も残された者の心に温かいものを残してくれた人が私にも両親のほか
    に数名います。ありがたいと思っています。

    我が家も夫の家の問題があります。ここに書くのもなんですが・・・義母が遺言書を残さなかっ
    たので、言葉の不自由な夫ではとても処理できない状態ですので、近くの弁護士を紹介してもら
    いましたので、すべてお任せしています。

    6年前頃、義母に認知症が出てきたので娘(私には義妹)がグループホームに義母を入れまし
    た。その義母が老衰で今月初めに旅立ちましたが・・・その置き土産が大変です。(;^_^A

    古い慣習のあるところで、まず、葬儀の時の戒名です。一番高いものをお寺さんが暗に強要する
    んですね。
    祖父母、父3名ですから四人目の母にも「大姉」を義妹がつけてしまいました。
    今後が恐ろしいです。

    私には戒名によって値段が違うというのがどうしても理解できないんですが・・・
    名家でもないし、そんなにお金持ちではないと思いますが・・・謎です。

    私たちに子供がいないので、夫の家の墓に入るつもりは200パーセントありませんので、当
    然、墓じまいになると思います。夫と私は散骨を望んでいます。

    現実に照らし合わせますと、夫は脳梗塞の後遺症で交渉ごとはまず無理です。理解はできますが
    時間がかかります。
    義妹は7回忌まで墓を残してほしいと言いますが・・・はて、あと7年後のことはよくわかりま
    せん。近くに住んでいるので心情的なことは理解できますが。

    夫は来月下旬に頸動脈狭窄の手術を再度受けますので、リスクの多い体です。
    頭が痛いです。義理の間柄の私が口を出すこともできませんから。

    弁護士に頼むということを告げた途端、大慌ての義妹とその連れ合い・・・
    何か怪しい???と思いましたら、弁護士さんの言う通り、義母の生前、死亡後に預金を下ろし
    ていました。
    おまけつきは義母の貸金庫からも自分の家の金庫に現金が移されていたことがわかり、夫はかん
    かん。私は唖然・・・で笑ってしまいました。

    こうして、相続が「争族」になるのですね・・・子供のいない私たちですし、身の丈に合った生
    活を楽しめるので、義妹には多めに譲る気持ちでいた夫ですが・・・はてどうなるのか。

    私は夫をなだめる毎日です~・・・こんなプライベートなことまで話してどんなものかと
    思いましたが、やはり「終活」は大切です。そして「遺言書」も資産に関わらず大切ですね。
    それは義務と責任と強く思いました。

    1. Roseさん

      老後から死に関わる貴重なお話し、ありがとうございます。

      世間一般でよく起きている出来事の一つとして、Roseさんのおっしゃる ”相続が「争族」” になる問題は、たくさんありますよね。
      プライベートな問題とは言っても、こうした話しは漏れ聞くことが意外と多いです。

      親の遺品整理は、どの家庭でも大なり小なりあります。
      生前に解決されず遺された親の遺産・遺品問題は、たいへん難しいですね。
      私たちがこうした体験をとおして学ぶことは、自分たちの場合どうなの?、どうしたらいいの?と考える機会を与えられたということでしょうか。

      実はこの本を読んでから、妻からエンディングノートみたいなものを用意しようと提案されました。そして、先日書店で「専用ノート」を購入しました。
      そんな専用ノートを買わなくても、今考えられる事を頭の中でまとめて書き出してもいいのかな?と思いましたが、いざというとなかなか難しいものだと分かりました。
      こうした専用ノートは、自分たちが思い描くもの以外で「必要と思われる項目」がありました。
      そういう点では便利なものだと思いました。

      夫婦といえども、個人的な持ち物(遺品)や考え方(葬儀やお墓など)があります。
      自分が逝ったらこうしてほしいということを明確にしておくことで、後に残された人にとっては楽になると思います。
      そういうことも含め、”物ではなく心のこと” なのでしょうか。

      「妻の終活」を読んで教えられることがたくさんありました。
      よく言われている終活って、本当はそういうことなんだな~と少し分かることができました。

      >「終活」は大切です。そして「遺言書」も遺産に関わらず大切ですね。それは義務と責任を強く思いました。

      全く同感です。

      貴重な体験談とコメントありがとうございました。

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