南九州の山旅 (4) 開聞岳

山と平和を感じた登山

小学6年生の子どもたちと一緒に

 

日本百名山を目指す登山者の誰もがご存知のように、標高1000m以下の山は筑波山と開聞岳の2山だけです。
深田久弥氏の百名山選定基準は、山の品格、山の歴史、山の個性の3つを挙げています。又、付加的条件として「おおよそ1500m以上」という一線を引いています。
このような条件の中で開聞岳は選ばれました。

観光誌や山岳雑誌などの写真で見ると見事な円錐形の山容を誇っています。
そして今度は実際に目の前でその姿を望むと、深田氏が推挙した理由がわかる気がしました。

今回の旅では、この開聞岳の雄姿を場所を変えて撮影してみました。

 

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開聞岳北側の池田湖からの撮影

 

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東側の開聞川尻からの撮影

 

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JR最南端の「西大山駅」からの撮影

深田氏は著書日本百名山の「開聞岳」の中で、このように語っていました。

これほど完璧な円錐形もなければ、全身を海中に乗り出した、これほど卓抜な構造もあるまい。名山としてあげるのに私は躊躇しない。

全国各地には通称「〇〇富士」と名付けられた名山がたくさんあります。この開聞岳も地元民から「薩摩富士」と親しまれているようです。
そんな「〇〇富士」の中で最も見事な円錐形をした山は、やはりこの開聞岳ではないかと思いました。

 

午前10時20分、麓の「かいもん山麓ふれあい公園」から登山スタート。
普段の登山開始時間よりかなり遅れました。というのも、鹿児島市内でレンタカー手続き後の出発だったことと、市内から薩摩半島南端まで約70kmほどの移動距離があったからでした。
とは言っても、開聞岳の標準タイムは往復5時間ほどですから、それほど慌てることなく登れます。

 

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「かいもん山麓ふれあい公園」内から登山道が始まっていました。

 

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五合目

眼下に指宿の町と長崎鼻、そして鹿児島湾の先には大隅半島を望むことができました。

 

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しばらく登って行くと、なんと小学生の遠足!?そういえば、麓の駐車場に大型観光バスが数台停まっていたな~。
実はこの日、鹿児島市内から来た小学6年生130人の遠足登山だったんです。そんなことで小学生と一緒に山頂を目指しました。
頂上ではすでに到着した小学生たちがお弁当を広げていました。

 

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日本百名山「開聞岳924m」登頂!

眼下には枕崎と南九州市の海岸線がクッキリ。

冒頭で開聞岳の標高に触れました。
深田氏は日本百名山の編集後記でも「開聞岳の高さ」について語っていました。それは自身が「山高きをもって尊しとせず」という言葉を残したにもかかわらず、開聞岳を選定したことへの理由でした。
この言葉の意味は、「ある程度の高さがないと選定基準を満たす領域には入ってこない」ということです。しかし、前述したように高さはあくまでも付加的条件であって、根本の基準は「品格」「歴史」「個性」であることを強く押し出した結果、この開聞岳を選んだということでした。

確かにこの3つの条件に照らし合わせれば、私も間違いなく百名山に選定してもおかしくないと思いました。

 

深田氏の著書に「開聞岳」の名の由来について書かれてありました。

この山の本来の名は開聞岳(ひらきき)であった。北麓に古い由緒を持った枚聞神社(ひらききじんじゃ)がある・・・。ヒラキキは平来の意で、もとは地名であった。その開聞岳が音読みで開聞岳(かいもん)となり、さらに海門山という別名さえ生じるようになった。海門山とは巧妙な宛て字だ。鹿児島湾の門口を扼して立っているからである。

 

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下山後、登山口から少し下った所に枚聞神社がありました。由緒ある立派な神社でした。

 

実は、2日後に鹿児島観光で「知覧特攻平和会館」を訪れました。

 

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「知覧特攻平和会館」

この会館の前に慰霊歌碑が建てられていました。

「帰るなき機をあやつりて征きしはや 開聞よ 母よ さらばさらばと」 鶴田正義

この歌碑は鹿児島市南州神社の鶴田正義宮司さんが特攻戦士を偲んだ短歌だそうです。
この短歌に「開聞よ」という言葉がありました。これは開聞岳に近い知覧の特攻基地から飛び立った特攻戦士たちが、この開聞岳をかすめる時、翼を振って別れを惜しんだ歌だそうです。

 

今回の開聞岳登山は小学生の子どもたちと一緒に登り下りしました。なんと平和で楽しい登山なんだろうな~と感じました。
そして、開聞岳・海門山の名の由来、更に開聞岳の上空を飛び去って行った戦士たち・・・。

山の品格、歴史、個性をそなえ、改めて百名山にふさわしい名山だと思います。

 

「南九州の山旅」 つづく

2 thoughts on “南九州の山旅 (4) 開聞岳

  1. 日本百名山99座目の登頂おめでとうございます。
    百座登ったら少し登山のモチベーションのあり方が少し変わるかもしれませんね。
    すーさんの登山の投稿も拝見させていただきました。客観視しての表現とそこに歴史にも触れたも
    のが良い読後感を感じさせてくれました。
    私は百名山はまだ70座ほどです。しかしあと何座か登ったら終わりになりそうです。でもこれか
    らの登山は、花の時期に登ってないそう遠くない山々には登り続けるつもりです。確かに登山を目
    的とし色々な土地を訪ねるのは楽しいものです。すーさんほどグルメの旅をできませんが、その土
    地のものを食べるのもいいですからね。

    1. 槌が崎さん

      お久しぶりですね。ありがとうございます。

      >百座登ったら少し登山のモチベーションのあり方が少し変わるかも

      確かにおっしゃる通りです。
      今秋、最後の「大山」を計画しているので今年中に百座達成予定です。
      これからの登山については、やはり考えることがあります。それは単に登頂を目指すものではなく、もっと山と向き合い周囲が観察できるような登山を楽しみたいと思っています。
      例えば、テント泊、渓谷トレッキング、縦走などです。
      そう考えると、まだまだいろいろな楽しみ方がありますよね。

      槌が崎さんは70座ですか。花の時期に近場の山域を歩き回るのもいいんじゃないですか。その人それぞれの山歩きスタイルがありますから、ぜひこれからも登山を楽しんでください。

      私の場合、いつも登山と地方グルメはセットでした。このスタイルはこれからも続きます。
      やっぱり好きなことをやれるのが一番いいですよね。自分の力で動き回れるまで継続していきたいと思っています。

      コメントありがとうございました。

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