葬儀とお墓について

芝生の中に眠る・・・樹木葬

自分たちのことを考える機会

 

今年6月、103歳になる義父が永眠しました。
義父は太平洋戦争時にシベリアに抑留され、最後の引揚船で日本に帰還しました。

103歳という年齢を考えると、親族以外の戦友はじめ友人・知人、親戚関係はほぼ皆無です。
そんな状況から葬儀は家族葬ということになります。

近年、家族葬という形態の葬儀が主流になりつつあります。
特にここ数年のコロナ禍の中で多くの方々が家族葬という形で葬儀が執り行われているようです。これも時代の変化やその時々の社会状況によって変わっていくものなんでしょう。

昨年、母(97歳)が亡くなり喪主として実家静岡のお寺で葬儀を行いました。
母の場合も高齢だったことで友人・知人は特になく、近親者と今でもつながりのある親戚数人参列のお葬式でした。
こちらも家族葬といえばそうなんでしょう。
今では一般的な葬儀場ですべて執り行いますが、母の場合は近くのお寺の檀家ということもあり本葬はお寺でした。生前母の希望に沿ったものでした。

母の場合、義父の場合、そして周囲の友人・知人の葬儀の話などを聞く中で、「一言で家族葬と言ってもピンからキリまでなのかな?」という思いがありました。
葬儀の内容・規模やその費用、又、参列者の範囲など様々です。何を基準にしての「家族葬」なのか?

家族葬とは、親しい方を中心に故人をお見送りするお葬儀の総称です。
家族のみでなく、親しい友人も含め少人数で行うお葬式も含みます。どこまで参列者を呼ぶか、家族葬には明確な定義がありません。基本的に必要なことや式の流れは一般的な葬儀とほぼ同じですが、少人数のため一人ひとりの想いが反映されやすいという特徴があります。
「公益社」サイト参照

こうした葬儀社のコメントにもあるように家族葬は明確な定義はないようです。全体としては「葬儀の規模」に落ち着くのかな?と思います。しかし、これもその家族の考え方ややり方の違いもあるので何とも言えないのではないでしょうか。

このような葬儀は一般的にその宗派ごとにお坊さんがお経をあげて、その後各種法事が執り行われます。
母の場合も檀家だったことから当然のごとく初七日や四十九日法要と納骨、更に初盆や一周忌・・・、こうした法事が続きます。

しかし、これが無宗教だったらどうなのか?
義父母の家庭は無宗教でした。私自身も無宗教です。
無宗教の場合、これも故人やその家族の考え方でいろいろな葬儀のやり方や墓地のあり方があると思います。

義父の場合は葬儀場内の安置所で親族だけの「お別れの会」を行いました。お坊さんによるお経はじめ各種法要は一切ありません。骨壺は一定期間親族の家で保管して、その後樹木葬で埋葬しました。
もちろんこれら一連の葬儀と樹木葬は義父の希望に沿ったものです。

 

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義父母が眠る樹木葬

樹木葬も様々です。私たち夫婦も何か所か見て回ったことがあります。中には故人のプレートが敷き詰められた所もありました。
義父母は芝生の中です。特定するプレートや目印はありません。集合プレートに名前と享年が刻まれています。
こうした樹木葬を見て、私たち夫婦もこのような樹木葬が気に入りました。特定のプレートもなく自然なかたちで埋葬されている感じが良かったです。

こうしたことも人それぞれの考え方だと思いますが。

 

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何か所か芝生の墓地があります。生前義父と共に義母のお墓参りに何度か足を運びました。ある時はお弁当を持って洋風の東屋で食事したことがありました。
お墓参りというより義母に会いにピクニックに来た感じでした。こうしたお墓参りもいいものだな~と思いました。
当時義父も身体が弱っていたため、季節をみながら、又、周辺の丘に花の咲く頃を見計らって訪れたものでした。

この花壇のような芝生の一角に「ペットと一緒に入れる所」もありました(画像)
係の人に訊いてみると、芝生の中の区割りを表示してくれました。現在使用されている場所とまだ使用されていない箇所があるようです。1区画(1家族)に3人までとペットの計4か所入れるスペース。
我が家には亡き猫ちゃんの小さな小さな骨壺があります。カミサンは可愛がっていた猫と一緒にという希望があります。
私たち夫婦はこうした樹木葬も検討しているところです。

 

私たちの世代になると親の葬儀やお墓のことなどに関わることが多くなります。
ましてや自分たちのこともあるでしょう。
葬儀のしかたやお墓を考える歳になったな~と思います。これも人それぞれの考え方があるでしょう。
代々のお墓を継承していくことや自分たちだけのお墓、中には嫁いだ先のお墓には入りたくないという女性だけの樹木葬もありました。
更に近年「墓じまい」ということをよく聞きます。これも時代の変化によって起こってきた状況なのでしょう。

生前義父が義母のお墓参りに来た時に、「俺の最期の場所ができて本当に良かった」と話していたことが印象として残っていました。
これで義父も安らかに眠れるだろうと思います。

2 thoughts on “葬儀とお墓について

  1. 義父様亡くなられたのですね。ご愁傷様です。

    緑豊かな素敵な墓苑ですね。義父様の希望の
    樹木葬、いつでしたかお弁当を持って訪れていたブログを拝見して
    このような形も良いなと感じました。

    義父様、過酷なシベリア抑留を経験なさっていらっしゃるのですね。
    多才な方で、施設に入られても書道、絵画と自分なりに楽しまれていらしたご
    様子、素敵な生き方と感じ入っていました。
    希望通りの樹木葬できっと大喜びなさっていらっしゃることでしょう。

    今タイムリーな話題の「お墓」「葬儀」問題です。

    我が家は子供がいないので形のあるお墓は希望していません。
    継ぐ人がいませんので。
    私の姪に夫と私の骨を粉にしてもらい
    太平洋にまいてもらいたいと思っています。

    1. Roseさん

      義父のことにつきまして、ご丁寧なお言葉ありがとうございます。

      この樹木葬の敷地にペットと一緒に入れる場所があり、義父母が眠る芝生の隣でした。
      10年前に亡くなった猫ちゃんの遺骨が自宅にあります。以前から妻が一緒の墓地に入ることを望んでいたので、この場所を予約しておきました。

      今年6月に親戚の人(奥さん)がガンで亡くなり、こちらのご家族も無宗教でした。
      闘病生活が長く続き、自分の死期もある程度わかっていたためなのか、ご自身の身辺整理を生前から行っていたと聞きました。
      この方のご出身は鹿児島県の錦江湾に近い所でした。生前「自分が死んだら錦江湾に散骨してほしい」という願いだったことから、7月末にご主人と子ども、孫たちの手で錦江湾に散骨されました。
      この海洋散骨の手配や手続きは、生前ご本人がすべて行ったと聞きました。

      一般的に「散骨」というものがあることは聞いていましたが、実際身近でこうした海洋散骨の現実を見聞きすると時代は変わってきたなという思いでした。

      Roseさんのお話から察するに代々のお墓やお寺に縛られることがないように思えます。
      私たち夫婦も同じように「自分たちはどうするのか、どうしたいのか」という話は常々しています。
      まだ先の話かもしれませんが、お互いにとって大事な話だと思います。

      コメントありがとうございました。

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