一生涯派遣社員のまま・・・
労働者派遣法改正案は5日、衆院厚生労働委員会で審議入りしました。 各新聞・テレビなどのマスコミでも取り上げられ大きな話題になっています。
労働派遣の期限を事実上撤廃する内容で、「派遣は臨時的」という原則の大きな転換になる。派遣労働者の身分保障や処遇改善をしないまま長期の派遣使用に道を開くことは正社員との格差の固定を招くおそれがある。現行の派遣法は企業が同じ職場で派遣労働者を使える期間として、ソフトウエア開発など「専門26業務」を除き原則1年、最長3年と上限規制を定める。改正案は全業務で上限を3年とする一方、3年たった時点で別の派遣労働者に交代すれば、引き続き派遣での使用を可能とする。このため期限制限はなくなる。 毎日新聞11月6日
派遣会社が無期雇用派遣を増やせば、派遣社員から見ると、解雇の不安は緩和される一方で、働き方が派遣というスタイルに固定される恐れもある・・・。目指すべき方向ははっきりしている。同じ価値の仕事をしている人には同じ待遇を義務づける「均等待遇原則」を導入することだ・・・。派遣労働者の所得が向上する道筋をつけること。その責任が、この国会にはある。 朝日新聞10月30日
今回の改正案において新聞各社は、派遣労働者の期限なき労働環境と処遇に懸念を示しています。 まず本来の雇用のあり方は、企業が労働者を直接採用する「直接雇用」にあります。派遣は派遣会社(仲介業者)が賃金をピンハネして貸し出す「間接雇用」です。このため派遣は「臨時的・一時的」に限り認められてきました。 しかし、今回の改正案は、この派遣の原則を根底から覆すものだと思います。なぜなら、派遣先が3年ごとに派遣労働者の部署を異動させれば、派遣のまま働かせ続けることを可能にします。更に、派遣先が3年ごとに派遣労働者を入れ替えれば、その部署で永久的に派遣を使うことができるようになります。 また、派遣会社に無期雇用される派遣労働者は、派遣先が期間制限なく使い続けられるようになります。 これでは、「臨時的・一時的」ではなくなります。さらにこのことは正社員から派遣労働者の拡大につながり、極端なことをいえば正社員がいなくても派遣労働者で対応できる状況を生み出していくものです。
企業は派遣労働者を採用することで、厚生年金、社会保険、福利厚生関連などの負担をせず、労働力を確保しつつ人件費削減ができるのですから一石二鳥ということになります。
厚生労働省の調査では、派遣労働者116万人のうち約6割以上は、正社員登用を望んでいる。改正案は正社員化を後押しするため、派遣元企業に対して労働者への計画的な教育訓練や、派遣先に直接雇用を求めることを義務づける。同省は「派遣が増えることはない」と語る。 毎日新聞10月29日
企業経営の転換がなければ正社員化はありえない!
今回の改正案はまさに机上の法案です。 どのような見方で政策を立案するか、という考え方次第でその中身は大きく違ってきます。現政府と厚生労働省がどのような立場で考えているか、ということです。本来国の政策というものは、国民の暮らしを豊かにしていくことを考えた施策です。各マスコミでも取り上げられているように、派遣労働者の身分保障や処遇改善を訴えています。それはまさに国民の立場に立った考えからだと思います。
「正社員化の後押し」「派遣が増えることはない」という考えは、今の企業経営がどのような仕組みで動いているかということが全くわからないまま提案されています。 企業はデフレ不況の中、いかに経費を抑え効率化して利益を上げていこうかと考えています。経費の中でも最もウェイトの高い人件費の削減をすすめることは、どの経営者も考えることです。そして「労働者への計画的な教育訓練」は、言われるまでもなく徹底して行っています。なぜなら、非正規社員を戦力化することで正社員にしなくても安い労働力が確保できるからです。 こうした企業経営が今の現実ですから、正社員化にするなんてことはありえないことです。
仮に景気が回復して企業の利益が高まってきたら正社員化がすすむか? 企業の利益が出てきて派遣労働者が正社員になることもありえないと思います。 企業は非正規社員の戦力化によって効率的な経営ができる実績を経験しているからです。 今更正社員にする必要はないでしょう。又、今後景気が悪くなり収益に影響を及ぼすことを考え、それらの資金は設備投資や内部留保、更には金融投資に回っていくでしょう。
したがって今回の改正案は、そうした現在の企業活動において派遣労働者の拡大をさらに助長するものだと思います。仮に、厚生労働省がこうした企業経営の実態を踏まえ、あえてこの改正案を提出したとすれば、影で大きな力が働いていたということを想像してしまいます。
派遣労働者の実態
私は現役時代に派遣労働者を何人も採用した経験があります。派遣会社は職種とその個人の能力・経験・技能などによって細かくその価値(時間給)を決めています。優秀な人材であれば派遣先に対して高く売ることができ、派遣会社の収益も高まります。賃金は派遣会社が決めるものであって派遣先はその単価で採用をします。 各派遣会社や職種・技能によって単価は異なりますので、一概にいくらということはわかりませんが、ひとつの例として、 ある技能を持った派遣社員を雇い入れた時、派遣会社への時間給支払は2200円です。そして派遣労働者が受け取る時間給は1500円前後です。つまり、派遣会社は約3割ピンハネしている勘定です。派遣労働者が1日8時間働いた時の手当ては12000円で、1ケ月20日勤務の場合は月収24万円、税金や社会保険料などを差し引けば20万円を切る給与です。もちろんボーナス(賞与、一時金など)はありませんから、年収で200万円程度でしょう。 一般的なパートの場合、首都圏で時給900円くらいです。単純に時間給比較した場合、派遣労働者はパートの約1.7倍の給与を得ることになりますが、この金額で生計を立てているのですから現実はかなり厳しい状況がわかります。 最大3年間という雇用期間ですが、現実は派遣先の事情によっていつ雇止めが起きるかわかりません。仮に3年間働いた時、派遣先が部署を変更すれば更に雇用を継続することができるのが今回の改正案です。
企業にとって、単純作業部署であればパートに比べ単価の高い派遣社員は非効率と見なされます。例えば、派遣労働者を10人雇い入れた場合、1日17.6万円の人件費がかかります。パートの場合、同じ人数と時間で7.2万円で済みます。当然企業は、パートの教育訓練をすることで戦力化を図っていきます。 では、パートが派遣労働者にとって代わっていくかということになりますが、現実はそうはいきません。なぜなら派遣労働者は、一定の技能と能力を持ち、且つ企業の生産状況において迅速に労働補給できるからです。特に製造業などがこれに当たります。 したがって、企業にとって都合のいいこうした労働力は、増えることはあっても減ることはないと思います。
これが一般的にマスコミなどで言われている「生涯派遣」ということです。 企業が、派遣労働者を正社員にするわけがないという構図がまさにここにあります。
賃金を上げ消費支出を増やす内需拡大が糸口
10月31日、日本銀行が追加金融緩和を決定しました。これは「物価の下押し圧力」に対処することが目的だと強調しています。2%の物価上昇を達成することでデフレが克服され、実体経済も回復していくとのことです。はたしてどうでしょうか。 物価が上昇に転ずる一方、生産や消費などの実体経済はむしろ悪化しています。物価高によって、実質賃金は低下し続けています。こうした追加金融緩和策は、さらなる物価高を拡大するものだと思います。そして「株価上昇」は、見かけの上で景気上昇を演出しているだけではないでしょうか。
「今回の派遣法改正案は、派遣労働者だけの問題ではない。このことに連動して勤労者全体の賃金が抑えられていく。その結果、消費支出は減少して物が売れなくなり、企業の収益が悪化していく。賃金を上げて消費支出を増やし内需拡大を図っていくことが景気回復につながっていく」(11月7日TV朝日ニュースステーション)
現在、こうした状況の中で中小零細企業の経営は厳しい状況にありますが、一方で法人税減税、優遇税制などで膨大な利益を出している一部大企業、又、金融投資や円安による大手輸出企業も大きな利益を出しています。労働者の賃金を上げる資金は充分にあります。 国民所得の増加は消費拡大につながります。そういう意味でも利益の出ている企業は、今こそ経営の転換を図り内需拡大に向けた取組みをすべきだと思います。
普通「改正案」というのは、どんな政策や案件など正しく見直す、修正することを指しますが、今回の派遣法改正案は「改悪案」ではないでしょうか。むやみに改正案という表現を使ってほしくないと思います。誤解を生みやすく紛らわしいです。