社会人大学講座

リタイア後の勉強

若い頃とは全く意味が違う?

 

コロナウイルスの感染が拡大してきていますね。
そんな中、身の回りの生活にいろいろな出来事や影響が出てきています。

いつも通っている市営スポーツセンターでは、先週から水泳やエクササイズの教室が全て中止になりました。
水泳を含む個人トレーニングは今までどおり大丈夫ですが、やっぱり感染のことを考えると通うのを自粛するようにしていました。
そんな中、今週に入り全館休館になりました。
又、普段利用している図書館も今月末まで閉館するとの張り紙が掲示されていました。

先月から受講している社会人大学講座も今月から中止の連絡がきました。
残りの受講料金は返金されるとのことで手続きの通知が郵送されてきました。
又、来月エントリーしていたマラソン大会も中止になり、参加賞(Tシャツ)だけが配布されるようです。

 

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その他、今月予定されている落語と演劇(チケット購入済)もどうなることやら。
こうした文化イベントも早い段階で中止(延期)決定されたほうがきっぱり諦められていいのですが。
たとえ公演されても行っていいものかどうか判断に迷いますよね。

 

今年のくるま旅は、残りの日本百名山登頂を兼ねて九州南部(鹿児島、宮崎)を4~5月にかけて計画していましたが・・・。
この旅も延期することにしました。
ほぼ毎年のように遠方に出かけていた春のくるま旅ですが、今年は感染拡大が落ち着くまで静かにしていたほうがいいと判断したからです。

皆さんも多分様々な予定がこうした状況にあるのではないでしょうか。

 
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「九州くるま旅」 行程プラン(行動日程とルートなど)も作成していましたが延期することにしました。
こうした計画表は、日付を変えれば延期してもこのまま使えます。

 

今回のコロナウイルス感染の影響で自分たちに関わるいろいろなイベントや催し物、プランなどが中止または延期になりました。
完全リタイアした私たち夫婦だけでも数多くあります。
これが働いている人にとってはどうでしょうか?
仕事に関わるスケジュール調整など膨大な労力が増えるでしょう。又、子育てにおいても大変な負担がかかると思います。
早い段階での収束を期待したいです。

 

前述した社会人大学講座の受講を始めて3年になります。
これは、自分の興味や関心がある講座を選択して受講するものです。
今では、各大学講座の他にも自治体や民間などが主催して行われているものが多数あります。

 
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私の場合は、首都大学東京(2020年から東京都立大学に変名)のオープンユニバーシティです。
各四季ごとに募集があります。その講座は社会・経済、科学、歴史、文学、語学、芸術、健康・スポーツなど幅広い分野に渡っています。

なぜリタイアしてからも勉強するの?って言われちゃいそうですね(笑)
けっして何かの資格を取るためではないんです。ただ興味があり面白いからです。

 

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同じ日の講座には様々なテーマの教室がありました。

本気で学ぼう中国語初級・中級、ドイツ語を読む、幕末の大奥、東京の考古学、キリスト教聖書を美術から知る・・・。
へ~、いろいろな講座があるんですね~。
受講される生徒さんたちの年代は様々ですが、主に40~60代の中高年の人たちが中心でした。
その中でも特にリタイアされた方々が多かったように思われました。

 

「定年になってから、また勉強なんてしたくない」と思う人は多いかもしれませんが、実は定年後の勉強は若い頃と全く意味が違うのです。
学生時代や会社時代の勉強というのはちっとも面白くありません。
なぜなら学生時代に勉強する目的は試験や受験のためです。会社に入ってからの勉強は、業務上必要な資格を取得するためだったり、昇格試験のためだったりと、仕事上で強いられるものが多い。
どちらもなかなか憂鬱でしょう。
大江英樹著「定年前」朝日新書

「確かにそうだった」と思うことがありました。
私の場合も行き帰り通勤電車の中で眠い目をこすりながら本を片手にしたことがありました。
それはあくまで仕事をする上で必要な資格だったことからでした。多分「強いられる」という言葉が合っていたように思います。

 

これらに共通するのは勉強が目的ではなくて、「試験に合格する」、あるいは「資格を取る」ための手段だということです。
つまり、何かを得るために ”仕方なく” 勉強せざるを得ないのです。
そんなものが面白いはずはありません。ところが勉強が手段ではなく、それ自体が目的になればどうなるでしょう。
実はこんなに楽しいことはないのです。
これはおそらく経験者でないとわからないと思います。
同書

なるほど、今の講座が面白いのは、”勉強自体を目的にしている” からなんですね。
「よく分からないからもっと体系的に知りたい」
「なぜこうした現象が起きてきているのか? 何が原因なのか? 知りたい」
「この時代の歴史を違う角度から知りたい、探ってみたい」
・・・。

個人ごといろいろな理由があって学びたい、知りたいという欲求があるからではないかと思います。
そこには興味や好奇心があるからなんでしょう。

こうした勉強というのは、はっきりとした実利はないと思います。
時間やお金をかけておこなうわけですから理屈ではないんですね。
ただ、こういう学習活動はお金があまりかからないと思います。かなり専門的な活動でもしない限り出費は少ないと思います。

 

リタイア後の過ごし方は個人ごとにいろいろあると思います。
前述したように、実利のないことを時間と手間をかけておこなうことは、ある意味 ”贅沢なこと” なのかもしれません。
見返りは求めない、利害関係はない、そして忖度もない生活は、今まで手にすることはありませんでした。
そんな生活は充実した過ごし方に結び付いていくように思います。

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