空木岳 後編

巨大花崗岩の岩稜帯へ

 

深田久弥氏は日本百名山の選定にあたって三つの基準を設定していました。
第一は「山の品格」、第二に「山の歴史を尊重」、第三に「個性のある山」、更に付加的条件として、大よそ1500m以上の山(例外は2山)
百の名山を選定するに当たって、最終的にどの山を挙げるのかということで悩み、辛さを感じたと編集後記で述べていました。

最初に私は百名山のリストを作って、その中から選択していった。70%くらいは問題なく通過したが、あとは及落すれすれで、それを篩(ふるい)にかけねばならぬのは、愛する教え子を落第させる試験官の辛さに似ていた。
具体的に言おう。北海道では・・・、それらの山に対して甚だ申し訳ない。東北地方では・・・、上信越では・・・、その他、百名山に入っても少しも遜色のない山がたくさんある。
「日本百名山:後記」より

こうして作成された「日本百名山」は、その山を具体的に解説し、実際に登った時の感動を綴ったものでした。
そして、その文中には他の山との比較はあまりありません。
しかし、今回の「空木岳」の選定に関して悩んだ文言がありました。
この点について、登山家の樋口一郎氏も著書の「新釈百名山」でこう述べていました。

各山を解説した本文では当然ながらその山のみを取り上げて評価しており、他の山とのあからさまな比較は少ない。
例外のひとつが空木岳である。南駒ケ岳との最終選考過程の記述に四行も割いている。

 

実際の「日本百名山」本文では、

本峰(木曽駒ケ岳)に立って振り返ると、経てきた長い山稜がうねうねと遠くまで続いていた。その中に一きわ高く、空木岳と南駒ケ岳の二つが睦まじそうに並んで立っているのを見逃しはしなかった。
南駒ケ岳も堂々とした恰幅の山である。山に気質があるとしたら胆汁質だろう。私は日本百名山に、木曽山脈南半分から一つだけ選ぼうとして、空木にしようか、南駒にしようか、迷った。
どちらも優劣のない立派な山である。しかし接近したこの二つとも挙げるわけにはいかない。わずかに背が高いことと、その名前の美しさから、空木岳を採ることにしたのである。
「日本百名山:空木岳」より

「胆汁質」?
激情的で怒りっぽく攻撃的な気質(コトバンクより)

へ~、そうなんだ。深田氏は著書「日本百名山」の中で ”山を人間に例えた表現” でその山の感じや様子を表したりしています。
南駒ケ岳がそのような山として感じたのでしょうか。
深田氏独特の面白い表現ですね。

 

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稜線上の大滝山付近から望む空木岳(前方)と南駒ケ岳(後方)

これが深田氏が悩んだ二つの山なんだ! なるほど南駒ケ岳も堂々とした山です。

実はこの日「木曽殿山荘」に泊まった時、同宿した登山者との間でこの二つの山が話題になりました。
皆さん百名山を目指している方ばかりで深田氏の著書も読んでいることから、どちらがいいか?という話で盛り上がりました。
私はまだ登頂していないのでよく分からなかったですが、近くで見た感じでは甲乙つけがたいほどその良さは拮抗しているのではないかと思いました。
他の登山者たちも全く同じような意見でした。それだけ南駒ケ岳もいいんですね。
登山愛好者が集まれば、見知らぬ同士でもたわいのないこうした山の話だけで一夜を過ごすことができます(笑)

 

檜尾岳から木曽殿山荘へ

 

中央アルプス主稜線の縦走は、中間点の檜尾岳から後半戦に入っていきます。
約3時間半の行程です。前半の登山道とは打って変わり、花崗岩が林立する岩稜帯と生い茂ったハイマツ帯の中を進むルートでした。

 

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檜尾岳を後にして、今までたどってきた中央アルプスの主稜線。
真ん中奥が木曽駒ケ岳

 

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空木岳と南駒ケ岳を遠望しながらお花畑の中でランチタイム。

 

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巨大花崗岩を縫うようにしてアクティブな稜線を進んで行きました。
こうした花崗岩で形成されている山は、北アルプスの燕岳、南アルプスの甲斐駒ケ岳や鳳凰三山があります。
細かな小石が削れて滑ったりするので慎重に進んでいきます。

 

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今夜宿泊する「木曽殿山荘」(1泊2食9000円) 空木岳の手前の鞍部に建つ山荘。

この鞍部(乗越し)は、昔、木曾義仲が通ったとされたことから、「木曽殿越」と言われる場所です。

 

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この日、同宿した登山者は12人だけでした。
夏山シーズンであっても知名度のある木曽駒ケ岳に比べれば極端に少ない登山者数です。

山荘には前編のブログで記したように、空木岳を百名山目にした登山者の記念写真が飾られていました。
木曽駒に比べれば距離も時間もかかる行程ですから、百名山を志す登山者だけが訪れる山なのかもしれません。
この時期、混雑した山小屋より静かで落ち着いた雰囲気の方がいいですね。

 

空木岳へ

 

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翌早朝、山荘前からの日の出。

 

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木曽殿越から望む南駒ケ岳(左写真)と恵那山(日本百名山)

 

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木曽殿山荘からいきなり急登が続き、眼下に山荘と東川岳が。
又、昨日たどってきた主稜線がくっきり見えました。

 

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花崗岩の岩稜帯が続きます。高度を上げていくと隣の南駒ケ岳が見えてきました。

 

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振り返るとこんな感じのハイマツと岩稜帯です。後方には御嶽が!

 

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ハイマツ帯に咲くキバナシャクナゲ

 

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空木岳頂上2864m

 

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南方には南駒ケ岳と恵那山          北方は中央アルプス主稜線

 

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東方は南アルプスの山並み

 

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西方には御嶽が。

中央アルプスの北半分に主峰駒ケ岳があって、多くの登山者で賑わうが、南半分を訪ねる人はぐっと少なくなる。その南半分の最高峰が空木岳である。
登山者というロマンチストは美しい山の名に惹かれる・・・。私にとって、空木岳はその一つであった。空木、空木、何というひびきのよい優しい名前だろう・・・。
空木はおそらく植物のウツギから来たのだろう。三千メートルに近い頂上には、もちろんそんな落葉灌木はない。山の上部がまだ雪で輝いている頃、山麓ではすでにウツギの花ざかりである。その景色から来た名前かもしれない。
「日本百名山:空木岳」より

 

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頂上直下にある空木駒峰ヒュッテ。テラスから望む空木岳。

 

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花崗岩で形成された空木岳

 

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ハイマツに囲まれた登山道をたどり池山尾根を下山

 

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巨岩の駒石

 

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険しい池山尾根を下っていきます。

 

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おおっと、カモシカが!
登山道をふさぐようにこちらを見ています。昨日の猿と同じように驚く様子は全くありません。
逆にこちらの方がビックリして後ずさりしたほどでした(笑)

「お前何しに来た。ここは俺様の縄張りだぞ。とっとと失せろ!」とでも言っているようです。

 

ということで、今回は空木岳に登ってきました。

今年の夏山登山は、仲間たちとの北アルプス黒部五郎岳にはじまり、新潟・福島の平ケ岳と会津駒ケ岳、そして御嶽と空木岳と続きました。
今夏の登山はこれで一旦終了して、来年また残りの百名山にチャレンジしたいと思います。

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