樹木葬 (3)

義母のお墓参り

樹木葬のあじさい寺

 

この歳になるとお墓参りというものが今まで若かった頃とは違い、何か感傷に浸る想いが出て来たように感じます。これも歳を重ねてきたためなのでしょうか。

最近、「お墓」に関しての問題や話題が多く聞かれます。
例えば、継承者がいないためその維持管理をどうするのか、お墓が遠隔地にあり高齢になって墓参りができなくなった、お墓が高額なため建てられない・・・。こうした状況から永大供養、散骨、墓じまい、手元供養、ビルの集合墓地など様々な対応がなされてきているようです。

又、奥さんが嫁ぎ先のお墓に入りたくないということで、女性だけの樹木葬に入るとか、核家族化が進行したことで親子関係が希薄化し、遺骨の引き取りやお墓の承継を拒否するようなことも現実に起きています。

こうした状況は時代の変化とともに様々なかたちでの対応がとられつつあります。

以前、親の介護について何度かブログアップしましたが、そこでは100人いれば100通りの考え方と対応のしかたがあると記しました。
お墓も同じように個人や親族の考え方、その家庭の事情など様々ということから、これもまたはっきりした答えというものはないのでしょう。

 

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数年前、93歳で亡くなった義母は、現在あじさいの咲くお寺の樹木葬で安らかに眠っています。
今年102歳になる義父が何度か義母のお墓参りをした時、「俺もここに入ることができる」と喜んでいました。これもまた個人の考え方であり想いでもあるのでしょう。

 

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樹木葬

樹木葬は自然葬の一部で、散骨とは異なり、墓地として認可された山林墓地にお骨を埋葬することです。一般的には墓石は作らず、植林や杭、花木などを墓標にします。
石のお墓に埋葬するのと異なり、やがては自然に土に帰っていくという「自然への回帰」という点で人気を集め、様々な寺院や霊園で樹木葬が行われています。
「樹木葬ネット」サイトより

この芝生の下に義母は眠っています。
この地に埋葬した時、係の人から上記のように「自然に土に帰っていく」というお話がありました。

 

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このお寺は通称「あじさい寺」といわれ、樹木葬の周囲はこの時期あじさいが咲き乱れていました。
週末ということもあってか、あじさいを鑑賞する目的で来られた人たちが多く訪れていました。

 

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2年前、義父とお墓参りに訪れた時はランチ持参でした。
ピクニック気分でお墓参りができることで、義父はたいへん喜んでいました。

 

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あじさいが咲く散歩道には、住職の格言が至る所に掲示されていました。
人としての生き方、真理、戒めなど、なるほどと思う言葉に足を止めました。

 

梅雨の頃、その土地や地域によってあじさいが咲く時期が若干異なりますが、今回はちょうど良い時期に訪れることができました。
あじさいに囲まれた樹木葬もいいものだな~と思いました。

4 thoughts on “樹木葬 (3)

  1. いつも素敵な暮らし方のご様子、有益な情報、ありがとうございます。で、質問です。このような
    有名な寺院の場合、拝観料が設定されているようですが、お墓参りの場合、免除されるのでしょう
    か?横浜の外人墓地に埋葬されてる知人の場合、入り口で入場料(寄付)を支払う仕組みがあるの
    ですが、お墓参りと申告すると、寄付無用でお参りできます。

    私の場合、父が入っているお墓があるのですが、夫婦でクリスチャンになってしまい、どうしたも
    のか悩んでおります。まぁ、遠い教会の共同墓地では無く、近くのお寺さんのおおらかな計らいで
    詳細不問でお墓に入れていただいた方が親族の墓参りには便利?と思っておりますが・・・

    1. 2424さん

      はじめまして
      コメントありがとうございます。

      ご質問の件ですが、拝観料はありません。
      一般のお寺ですからお墓参りやあじさい見学などまったく自由です。この時期のあじさい鑑賞にはお墓参りに関係のない人たちが大勢訪れていました。
      私たちが樹木葬で御線香をあげている脇を一般の人が通り過ぎていきました。写真にあるように芝生だけですから、このエリアがどんな場所なのかわからない様子で首をかしげながら見ていました。
      墓石や何らかの墓標もないことから、この場所がお墓ということがまったくわかりません。普通の公園といった感じです。
      私たちが訪れた時、5~6人の若者が丹念に芝生の雑草を取り除いていました。又、樹木葬のエリアには多くの方が眠っていることから、いつ来てもきれいなお花が添えられています。

      個人や親族によって宗教は様々ですね。
      私たち夫婦と義父母は無宗教です。このため特にこだわりなく樹木葬を選ぶことができました。
      お墓は人それぞれいろいろな考え方がありますから、この場ではコメントを控えさせていただきます。

      またいつでもこのブログに訪れてください。いろいろなお話ができたらと思います。
      ありがとうございました。

  2. こんにちは すーさん。

    私は 両親が家督を相続し先祖を祀る事に全く関心がありませんでした。
    両親が亡くなり 当然の如く先祖の墓に納骨し 檀那寺にも分骨しました。
    子供の頃から観てきたことでしたから何ら違和感を感じません。
     
    ふとした事から 自分のルーツに興味を持ち先祖の事を調べてみました。
    180年前ぐらいまで両親の先祖について調べることが出来ました。
    自分の祖父、祖母の事は親から少しは聞いていたので分りますが それより上は知りませんでし
    た。
    色んな繋がりも分かり、先祖があっての自分だとも思い守られているような気もします。

    最近では核家族化が進みお墓参りに行く人少なくなっています。
    墓じまいする人も多いですが、私は先祖の墓に入れてもらう予定にしてます。 (妻は分かりま
    せんけど!)
    子供たちの代になって どうなるかは分かりませんけど 守ってもらえれば幸いと思います。

    1. 山鯨笹蟹さん

      こんにちは

      >180年前くらいまで両親の先祖について調べることが出来ました。

      それはすごいですね。なかなかできないことだと思います。確かに「先祖があっての自分」ですから繋がりというものを深く感じます。
      自分たち夫婦が結婚していなければ、子どもはこの世に存在しないわけですから、こうした繋がりというものを考えさせられます。

      私たちの世代になるとこれからの終活やお墓のことを考えることが多くなります。
      こうした思いは人それぞれ様々な考え方があります。ただ言えることは自分たちが納得のいくかたちで最期を迎えればなと思います。

      コメントありがとうございました。

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