財務省官僚のお話
「どういう立場」で税制改革するのか?
先日、一般社団法人が主催するセミナーに参加しました。
テーマは「平成30年度税制改正について」です。
このセミナーは、インターネットで事前に申し込めば誰でもが参加できるセミナーです。
参加費は1000円(ワンドリンク付)
このセミナーの特徴は、講師として現役の財務省官僚の話を聴くことができることです。
私たち国民が国家の年度予算(政策)について知る手段としては、一般的に新聞やTVなどマスメディアを通すことがほとんどだと思います。
こうした中、実際に国家財政の政策立案にたずさわっている方からの話を聴く機会は少なく、誰でもが参加できるという点ではいい機会だったと思います。
講師は、財務省主税局総務課長の小野さんという方でした。
資料は、「税制総論」(平成30年度)というタイトルでA4用紙27枚(両面コピー)あり、個人所得課税、法人所得課税、消費課税、資産課税など各項目ごとに説明がありました。
個人所得課税の税率構造
現在、最高税率45%ですが、高所得者層ほど所得に占める株式等の譲渡所得の割合が高いことや、金融所得の多くは分離課税の対象になっていることから、高所得者層の所得税の負担率は低下しています。
本来所得税は所得の高い人ほど負担率が高くなる累進課税ですが、所得が1億円を超えると逆に負担率は下がっているのが現状です。
この資料の説明はありましたが、単に現状認識するにとどまり問題視することはありませんでした。
こうしたことへの対応が全く不十分な税制度になっていると感じました。
法人税率の段階的な引き下げと税収の減少。
リーマンショック以降、法人税率税率の引き下げが行われる中、法人所得は飛躍的な上昇を続けています。
その間、税収入は微増にとどまり、その差は大きく広がってきています。
下がり続ける法人税の現状。平成30年度の法人実効税率は29.74%。
説明を受けた内容(「税制総論」)は、現政府の考え方と政策に基づくものでした。
当然と言えば当然のことで、賛否両論はいろいろあれど国会に提出された年度予算の歳入政策ですから、それに基づく資料であっておかしくないわけです。
こうした中で実際に政策立案にたずさわった官僚がどう考え、又、どのような意見を持っているか関心がありました。
しかし、財務省官僚として自分たちが関わった政策ですから、これに対して個人的にも異なる考えや意見などあろうはずがありません。
全ての政策内容を肯定し推進するものでした。
この税制総論の資料は、政策立案する上で全体的に有利な数字で組み立てられているという感じを受けました。同時に不利と思われる数字(図表、グラフ)と解説はありませんでした。
最近の特徴的な事例として、「働き方改革」の ”裁量労働制の調査資料” があります。
このことは皆さんもご存知のとおり大きな問題として国会で追及されました。
今回の税制総論においては正しい資料を基に作成されていると思いますが、問題はその資料の出し方と解説のしかたで説得力のある方向に導くことができると感じました。
逆に見方を変えれば疑問に感じることが浮き彫りになってきます。
つまりどのような立場で立案し説明するかということでその方向性は違ってくるものだと思います。
国家の財政方針とその立案において大事なこととはどのようなことでしょうか。
私は、”国民生活の安定を第一に考えた政策” であるべきだと思っています。
”どのような立場で立案” するのかということでその政策は大きく変わってきます。
分かりやすくいえば、「国民の立場に立つ政策」か「財界の立場に立つ政策」かということです。
それはちょっと極論ではないかと思われる方も少なからずいると思いますが、今までと今回の税制改正においてその方向性がハッキリと示されていることが分かります。
「税制総論」の資料より抜粋
成長志向の法人税改革:法人実効税率「20%台」の実現
「課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げる」という考え方の下、平成27年度に着手した成長志向の法人税改革を、更に大胆に推進する。法人課税をより広く負担を分かち合う構造へと改革し、「稼ぐ力」のある企業等の税負担を軽減することにより、企業に対して、収益力拡大に向けた前向きな投資や、継続的な賃上げが可能な体質への転換を促す。
・・・・・・。
経済界には、法人実効税率「20%台」の実現を受けて、改革の趣旨を踏まえ、経済の「好循環」の定着に向けて一層貢献するよう、強く求める。現在、企業の内部留保は350兆円を超え、手元資金も増えている一方で、大企業の設備投資は伸び悩んでいる。
足下では賃上げに向けた動きも見えてきているものの、労働分配率は低下している。企業経営者がマインドを変え、内部留保(手元資金)を活用して、投資拡大や賃上げ、さらには取引先企業への支払原価の改善などに積極的に取り組むことが、何よりも重要な局面となっている。
今後こうした経済界の取り組み状況を見極めつつ、企業の意識や行動を変革していくための方策等についても検討を行う。
ざっと読んだ感じでは、経済成長推進のための税制改正(「法人実効税率20%台」)が行われ、国民の収入(賃上げ)と暮らしも安定してくるような文面になっています。
まさにアベノミクスのトリクルダウンということなんでしょうか。
細かく見て判断していくと様々な疑問と課題が浮き彫りになってくるように思えます。
■課税ベースの拡大?
法人実効税率は下げるものの、他の課税政策によって財源を確保していくということのようです。
これは今までさんざん減税や補助してきた「大企業優遇税制」の一部を改めたり、又、所得課税や資産課税を改善することなどで税収入を確保することのようです。
しかし、財源の根本となる法人税率そのものを下げる見返りとしての政策に過ぎないことが見え隠れします。
こうした状況の中、法人税の実質負担率は、中小企業19%前後、大企業12%という実態です。
一番利益を上げ、課税すべきところから課税していない大企業の税対策こそ進めるべきではないでしょうか。
■「稼ぐ力」のある企業・・・前向きな投資や、継続的な賃上げ?
内部留保350兆円(現在400兆円超え)を貯め込んだ企業の使い道は、国内設備投資に回らず、ほとんどが投資や海外M&Aに活用されているのが実態で賃上げには至っていないのが現実です。
賃上げ(2%)が行われているといっても実質賃金は下降しています。更には家計消費支出も減少しほとんどの月で前年比マイナスが続いています。
■企業経営者がマインドを変える?
現代の資本主義社会では利益を生み出すことが至上命題とされています。こうした中でマインドを変えるというアバウトな考えは机上の空論でしかないと思います。
現実は、財界が要請する「働き方改革」で残業代を固定化(人件費の抑制)し、長時間労働を容認することでも明らかなように、企業経営者のマインドはまさにそうしたところにあることはハッキリしています。
このことは、非正規雇用の拡大(40%)、期間限定の再契約の繰り返しなどでも現実として行われています。
優秀な財務官僚はもちろんそうしたことは私たち以上に分かっていると思います。
分かっていながらそのような美辞麗句を並べて政策立案する理由はいったいなぜなのでしょうか。
やはり政権・財界という強い力(人事権、忖度)、組織(各省庁)の中での生き残り術などが蔓延していると感じます。
そして、そこには国民の豊かな生活と安定につながる税制改革は全く見当たらないということでした。
このようなことから、安定的に、且つ、確実に財源の確保ができる「消費税増税」へと安易な政策につながることになっていきます。
消費税率の引き上げはすでに既成事実として政策に織り込まれていました。
2019年10月1日より10%
資料より抜粋
世代間・世代内の公平性を確保する観点、社会保障の安定した財源を確保する観点から、消費税は、社会保障の財源調達手段としてふさわしいと考えられる。
はたしてこの消費税はそのような税なのでしょうか。
社会保障の財源確保のための税といえば、国民からの反発を少しでも緩和するようなやり方に見えます。
見方を変えればいくつかの疑問点と不合理な税制であることがうかがえます。
■世代間・世代内の公平性を確保する観点?
はたしてそうでしょうか?
消費税は、富裕層は所得そのものが多いため消費税の負担割合は低く、低所得者層にとっては負担割合が大きくなる逆進性が特徴です。
又、軽減税率導入は、今までの「簡易な給付措置」廃止によって逆進性をさらに強めることにつながります。
■社会保障の安定した財源を確保する観点?
前回の消費税増税では、増税分5兆円のうち社会保障に使われたのが1兆円だけでした。
仮に10%への増税が行われ社会保障の財源として有効に使われたとしても、「社会保障の財源調達手段」にすることには大きな疑問があります。
年々増加する社会保障費に対して消費税を増税し続けることにもなりかねません。
基本的な考え方として、社会保障費は歳入全体で対応することが必要ではないかと思います。
言い換えれば、消費税増税に頼らない税収入の確保と無駄な支出で十分対応できるのではないでしょうか。
前述した法人税率の引き下げをしないで、しっかり法人税を確保することで社会保障費の財源は十分確保できると思います。
なぜなら今までの消費税増税分は、法人税減税分に匹敵しているからです。
国際競争力や経済成長のための法人税減税とはいっても、儲けた利益は賃上げや設備投資に回らず内部留保として貯め込まれているのが現実です。
これでは市場にお金が回らなく消費活動が鈍化し、結果として経済が低迷することにつながるのではないでしょうか。
今回のセミナーで税制総論を説明していただいた方や各省庁の官僚(国家公務員)を批判するものではありません。
いろいろな立場や考え方があると思います。
こうした中で自分たちの仕事(政党、国会議員、公務員)は、どのような立場に立って進めるのかということをしっかり考えていただきたいと思います。
公務である以上それは個人や組織の利益ではなく、広く国民の利益に沿った政策であってほしいと思います。