NHKスペシャル「シミュレーション」

日米開戦に向かう「空気」?

必ず負けるというシミュレーション!

 

戦後80年を迎え、今年は太平洋戦争や原爆など戦争と平和について考えさせられた年はありませんでした。
新聞・テレビをはじめYouTubeなどでも多くの戦争に関する報道や動画がありました。
NHKや民放では、それに類する放映が多かったと感じた人は多分私だけではないと思います。
中でも印象に残った番組は、NHKの「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」と「八月の声を運ぶ男」の2作でした。
特に前者の「シミュレーション」は、”日米開戦を前にしてこのようなことが実際に行われていたのか!?” という衝撃でした。と同時に  ”戦争に向かう状況がこのようにして進んでいくのか” が今の日本の現状と照らし合わせて危機感がつのりました。
なぜなら、このドラマは猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」を原案に創作を加えたもので、あくまでも史実に基づいたノンフィィションだったことからです。

物語は、日米開戦前の昭和16年、首相直属の「総力戦研究所」が開設されました。
この研究所は、日本とアメリカが戦った場合のあらゆる可能性をシミュレーションすることが目的でした。
官僚・軍人・民間から選抜された若きエリートたち21人が集まり、軍事・外交・経済・資源・食糧などの各種データを基に、日米が開戦した場合の戦局を正確に予測するものでした。
そして、その結果を近衛文麿首相や東條英機陸軍大臣(後の首相)の前で報告することでした。

 

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研究に当たって、研究所所長の指示で集められたエリートたちは「模擬内閣」を組閣されます。首相や各大臣をはじめ各部署の専門的な知識と能力を発揮するためでした。そのトップである内閣総理大臣役に指名されたのが、主人公の宇治田洋一(池松壮亮)で、彼は産業組合中央金庫(現;農林中金)の金融マンでした。
宇治田は、父母の満州での謎の死(軍部が関係?)に疑問を持ち、戦争に対する危惧を感じていた若者でした。
組閣された模擬内閣では、陸海軍から選抜された現役軍人が戦争に導く有利な情報を披露し、開戦に向けた考えを主張する様子が描かれていました。
一方、経済・資源・食糧・治安などを担当する大臣(役)や官僚(役)は、今日本が置かれている国力の現状分析を徹底的に行い、このままでは危ないという方向性を提案しました。
模擬内閣は大きく二分するかたちとなり結論がでません。最終的に宇治田総理大臣の判断ということで全員が総理に注目しました。

「日本がアメリカと戦争をした場合ですが、失敗です。必ず負けます」と。

この発言は、後に行われた近衛首相や東條陸軍大臣たちの前で報告された文言と同じでした。

その理由として続いた報告は
「この戦争はできません。戦争すればこの国は大変なことになります。今回研究してきたことを一つ一つつなぎ合わせて計算すると、戦争は必ず長期化し3年ともたず国民生活は確実に破綻します。物資が困窮し、すさまじいインフレが起こり、経済は目も当てられないほどに崩壊します」

例えば、経済に関する600ページにも及ぶ研究報告書では、石油に関しては開戦翌年からひっ迫すると予想。船舶が戦いの中で不足していくためだとしていました。また、物資の不足から日本が極限状態になっていくことを指摘。日本の国力について産業・資源・食糧・治安などの多くの分野で正確に分析されていました。

 

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終戦後、この「総力戦研究所」のことは、後の東京裁判(極東国際軍事裁判)で注目されたとナレーションが伝えていました。
それは、今回の太平洋戦争があまりにもシミュレーションのとおりに戦争が進んだことからでした。
例えば、初めての日本本土への空襲が実際に起きたのが昭和17年4月。研究予測では昭和17年3月とされていたことからかなり精度の高い研究だったようです。
また、当初研究中に海軍大臣(役)から出された考えは、「戦争をした場合、日本が優位に立つ方策として『奇襲戦』で真珠湾攻撃を想定した戦い」を提案していました。その理由としてアメリカ軍の準備状況や海洋調査などをした結果、12月初旬(12月1日想定)が最も適切な時期という研究結果を出していました。
実際の真珠湾攻撃は12月8日でしたから、この時の研究結果が利用された可能性もあるのではないかと疑念が持たれたようです。

 

このシミュレーションはなぜ生かされなかったか?

 

このNHKドラマは前編・後編と2夜に分けて放映されました。
ドラマ終了後、解説者が「戦えば必ず負けるというシミュレーションはなぜ生かされなかったのか?」と問いかけました。
視聴者から見れば最も関心のある疑問です。その理由はドラマの中で表現されていましたが、戦争に至る経緯は膨大なもので一言ではいえないこともあったのでしょうか。

解説では、陸海軍の動向について触れていました。
後に首相となった東條英機は、アメリカとの開戦前の4年間、日中戦争で18万人の死者を出し、膨大な戦費を使ったこともあり、「陸軍には引くに引けない」状況にあったと分析。
また海軍にも止められない組織の論理があったのではないかと指摘。当時国家予算の7割が軍事費。中でもアメリカとの戦いに備えて軍艦などに多額の予算を使ってきたこともあり、このため「軍備拡張のために随分予算を使ったとして、戦えないとは一切言えない」状況にあったとされた。
どちらも ”勝手な論理” ですが、これがまさに ”戦争への道を開いていく感覚と論理” なんでしょう。

今、日本は東アジア地域の仮想敵国として、はっきりと中国と北朝鮮を名指しで危機感をあおっています。
このことは、前回のブログ「安全保障のジレンマ」でもお伝えしたように、「日本が位置する地域は安全とはいえません」と子ども防衛白書にも明記されています。
こうしたことから、現在沖縄・南西諸島では軍事基地や弾薬・ミサイルの増強が着々と進んでいます。安全保障関連3文書に5年間で43兆円の防衛費の内訳が判明し、その予算は毎年計上され今年も来年度も8兆円を越えるものになりました。

「新しい戦前」という言葉があります。
自国の軍事力の拡大、更には他国との共同開発という名のもとに武器輸出(次期戦闘機など)する国になってきています。
これだけ莫大な予算をつぎ込み軍備の増強と研究開発をして、「引くに引けない」「戦えないとは一切いえない」など、まさに「新しい戦前」が始まっています。
そして同時に危機感をあおられた社会の「空気」も高揚していきます。他国の脅威を盛んにあおり「排外主義」・「日本人ファースト?」などといった「空気」も広がっています。

80年前と今、そんな現実味と危機感を覚え考えさせられるノンフィィションドラマでした。

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