人生の節目に思うこと

「定年」前後の友人たちとの語らいから~

先日、会社時代の友人が継続雇用途中の63歳で退職、そしてもう一人58歳で転職する仲間の送別を兼ねて飲み会がありました。                        すでに2年前早期退職(完全リタイア)した私のもとに、親しくしていた現役の同僚から連絡が入ったのが3週間前でした。こうしたつながりは、今でも現役・継続雇用・転職・定年退職・早期退職を含め、当時同じ部署で働いた気の合う仲間同士の飲み会として定期的に行われています。

全員がまだ40代、50代前半の頃、集まればほとんどが仕事の話題に集中し、各部署に散った場所での話題や単身赴任先の仕事の話などで宴は盛り上がっていました。           しかし、60歳前後になる頃から仕事の話はするものの、次第に話題は多岐に及んできます。主な話題として「可愛い孫」「両親の介護」「健康」この三つに集約されてきます。    言われてみれば当然のことかもしれません。60歳定年以降働き続けても、この節目を堺に第一線から退き、次のことを考える歳になってきたわけですから。           今回の集まりも当然のごとく、仕事の話よりこれからの話題に集中したことは言うまでもありません。

集まりの場所は東京駅の近くでした。埼玉の田舎で過ごしているオヤジにとっては、都内に出るのは久しぶりのことです。時間はたっぷりあるので、神田駅で下車してから東京駅方面に向かって銀座を歩いてみました。普段は、登山で山や高原、くるま旅では地方を巡っていますが、こうした大都会の風景を目にすると、やはり東京は日本の中心であることがよくわかります。若い頃、仕事やショッピングなどで風を切って歩いていましたが、今では、スマホのグーグルマップを片手にキョロキョロと歩く姿は、多分田舎から出てきたオヤジーといったところでしょう。

2015銀座1  2015銀座2

以前、当ブログの「継続雇用と完全リタイア」の中でお話しましたが、継続雇用は次のステップ(完全リタイア)のための助走期間、準備期間ではないかとお話ししました。          もちろん経済的な理由で働き続けることが第一の目的ではありますが、もう一つの考え方として、これからの生き方を模索し方向を定めていく期間であることも含んでいるように思います。                                        60歳定年を堺に「継続雇用制度を利用して働けるからそのまま続けよう」という考えだけで、はたしていいのでしょうか。もしその考えだけで働き続け65歳の完全退職期を迎えた時、次のステップに移るにはもう遅いということにもなります。なぜなら、一般的に65歳を境に物事に対しての気力、体力、好奇心は低下していきます。又、男性であれば70歳の健康寿命が目の前にきているからです。65歳を過ぎてから次の人生のことをゆっくり考えようではちょっと遅いんじゃないかと。65歳完全退職から70歳まで5年もあるんじゃないか、と言う考えと「5年しかない」という考え方も大きな違いがあるように思います。

今回63歳で完全リタイアした友人(残りの継続雇用契約をしない)と定年退職を目の前にして58歳で早期退職した友人(転職)には、共通の思いがあるようにみえました。              それは、「次の人生をどう生きていこうかということがみえてきた」という顔つきでした。そしてもうひとつの共通点はイキイキとした笑顔でした。

あるサイトに                                        60歳定年後も働き続けることができるのは嬉しいけど、「定年」という人生の節目をハッキリ意識しないと、年齢を重ねたあとの「退職・離職」のとき対応できない。

言葉の使い方で「生き方とか考え方」とか、何か大げさで難しい言い回しで話してしまいましたが、要は、自分自身のこと、夫婦のこと、家族のことなどのために仕事から離れて、何かひとつでもやりたい事、チャレンジしてみたい事があれば、又は、見つかればいいのではないかと思います。そして、その小さな事がキッカケで徐々に広がりをみせてくるものだと思います。 

帰り際、同期の友人から声をかけられました。                   「一日何をしてるの?退屈じゃない?やることあるの?」                        彼は来年定年を迎えます。この声をかけた言葉からもお分かりのように、彼は継続雇用で働き続けることを決めています。裏返せば、彼はまだこれからの過ごし方について、特に考えていないようです。仕事以外のことにはあまり関心、興味がないように思えました。     このことは、多かれ少なかれこの年代のサラリーマンにとっての現実ではないかと思います。

年齢を重ねたあとの「退職・離職」の時の対応がうまくできるように、「定年」という人生の節目を意識するかどうか。宴を終えて帰りながらそんなことを思ってみました。        

 

2 thoughts on “人生の節目に思うこと

  1. サラリーマンじゃなくても「定年後」やる事がなくなるって恐怖あります。
    今必要とされてるからこそ、他者に必要とされなくなった時の身の置き所に困ります。
    従業員がいれば、子供も親の面倒看てる奴もいて辞めるに辞められない。

    最後まで仕事に生きるのもいいじゃないでしょうか?
    定年って自分が決めるんでしょ?

    知人の「仕事は楽しい!って思えるうちに辞めろ」が心に響いてます。
    辞めても社会の役に立ちたいとも感じてます。
    ボケるまでは頑張りたいです。
    しかし、どうやって社会貢献出来るか悩みます。

  2. ヒロさん

    コメントありがとうございます。
    仕事を辞めても何か生きがいを感じるものがあればいいですね。
    自分自身のこと、家族や両親のために何かできることなど。又、社会のために何かできることなどあれば素晴らしいと思います。
    働いている時が一番生きがいを感じる方もいると思います。そういう方は無理して辞めることもないんじゃないかと思います。そういう意味では人それぞれだと思います。生き方において答えや正解なんてないと思います。その人が自分の人生に満足して生きていて良かったと思えれば。

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