60歳からの現実(リアル) (10)

堺屋太一著「団塊の秋」

「職縁社会」から「夢縁社会」へ

 

今から38年前、私が大学4年の時に「45歳定年制と年功序列の崩壊」と題する卒論を書きました。
卒論というと、大学で学んだ何か難しい内容の研究発表のように思えますが、私の場合は、教科書や労使関連専門書からの引用ばかりで、本来の卒論といえるような物ではありませんでした。(笑)

この論文の主題である「45歳定年制」は、将来の社会状況の変化からこれからの雇用制度を想定するものでした。
当時の55歳定年制が早まって45歳で定年になるだろうと予測する論文でした。
その理由は、古くからの日本型雇用制度であった年功序列や終身雇用制度が崩壊して、能力主義社会を迎えるだろうということからでした。

しかし、実際はその逆でした。
55歳定年制は60歳定年になり、更に65歳まで延びようとしています。
このことは、それ以降迎えるバブル期とその崩壊、リーマンショック、そして低成長時代に突入してきた時代背景があったからだと思います。
年功序列、終身雇用の崩壊とはいっても、企業は優秀な人材や経験のある熟練した本社員を確保温存しつつ、一方では、必要としない人材の切り捨て(リストラ)、又は、人件費抑制策として、必要な時に必要なだけの人員確保(非正規雇用の拡大)するという手段の雇用形態に変わってきました。
このことで、働き続けなければ生きていけない時代になってきたような気がします。

 

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堺屋太一氏は、小説「団塊の世代」の後、その続編として「エキスペリエンツ7」、そして、団塊世代が社会の一線から退いて後期高齢者となる80歳までの生きざまを小説「団塊の秋」の中で描いています。

『団塊の秋』では、60代半ばにさしかかった団塊世代の今後を、超高齢化社会へと進む日本の近未来の予想と絡めながら書き上げました。
この作品では、現役が終わった後の彼らを描き、職場でつながる「職縁社会」から外れた人たちが、これからどのように生きていくのか、日本の社会にとっても個人にとっても重大な問題だからです。
堺屋太一さんの「団塊世代よ、奮起せよ」の中のコメントより

堺屋氏は、小説『エキスペリエンツ7』の中で、職場の縁でつながる「職縁社会」から夢の縁でつながる「夢縁社会」という表現の言葉を使っています。
小説では、今までの職場と全く異なる仲間たちとひとつの事業を起こしていく過程を描いています。
この物語では起業というかたちですが、広い意味で解釈すれば同じ趣味を共有する同好会やボランティア活動などにも通じるものがあると思います。
そこには、個の利益ではなく、社会や仲間たちとの利益、価値観を共有することで”生きがいを見出す”ことを求めていく生き方があるようです。

こうした夢を持って生きていく過ごし方は、今までの「職縁社会」では到底できないものだったと思います。
では、夢の縁でつながる生き方ができるのか?というと、これもまた難しい課題ではないでしょうか。
なぜなら、今の社会経済状況の中では、定年退職を迎えても経済的に生活していくことが厳しい環境にあると思うからです。
今や同一企業で働き続ける継続雇用の割合は70%に達している時代です。
職場の縁でつながる「職縁社会」からはなかなか抜け出せない状況にあると思います

小説では、あくまでも団塊の世代を対象にしていますが、これからの世代、更にその次の世代は、人生のほとんどが「職縁社会」の中で生き続けていくのではないでしょうか。

夢を持って個人(夫婦)で生きていくことや夢を共有できる仲間たちと利害関係のない「夢縁社会」にいつの日か入っていければと思うのですが・・・。

 

人生の棚卸し?

 

先日、新宿で会社時代のOB会が忘年会を兼ねて開かれました。
メンバーは、団塊世代の次の世代で、団塊の背中を追い続けてきた仲間たちです。
当時は、いくつかの部署にそれぞれ所属していた同世代の気心の知れた仲間同士でした。
バブル期とその崩壊時期を共に過ごし、深夜遅くまで仕事に夢中になっていた世代でもありました。
そんな仲間たちは、あの頃の失敗談や浮いた話に花を咲かせ、後輩に自慢話をする人間は一人もいません。
だからこそ、今でも続いているのでしょう。

こうした仲間は、今や60代前後になりました。
継続雇用制度を利用して働き続ける人、定年退職前に離職して新たな職場で活躍している人、63歳で完全リタイアして趣味に打ち込んでいる人、来年定年を迎えこれからの人生をどうしようかと考えている人・・・。
当時、怖いもの知らずでがむしゃらに働いていた仲間たちは、いよいよ60代を迎えそれぞれの道を歩みはじめました。
継続雇用でも、転職でもまだまだ職でつながる縁は続いています。
小説のように夢でつながる縁は、まだほど遠いような気がしました。
これが現実なんでしょう。

しかし、いつかは職縁社会から離れる時がきます。
その時になったらどうするのか?

今までの生き方の習慣からなかなか脱皮できないのが、団塊の世代の、特に男性の特徴と言われます。
まず自分の人生を振り返る作業が、ひとつのポイントになります。
自分の人生を棚卸しするのです。
在庫があって、借金があって、利益があっての総括を人生に当てはめてみて、何が良くて、何が悪かったなのか、一度棚卸ししてみる。
ところが男性は、定年まで絶対棚卸しをないのです。
女性は、息子が結婚したとか、娘が嫁に行ったとか、その度に、ひとつの区切りをつけるのですが、男は終身雇用の中ではなかなか整理ができない。なんとなく、入社したときと同じ環境が永久に続いていくような気になっている。
それで、定年になった途端にガクッとくる。
意外と何も身に着けていないことを知り、唖然とする人が多い。
堺屋太一さんのコメントより

これらのことは、団塊世代に限ったことではないと思います。
団塊世代の次の世代である私たち60歳前後の世代にも共通するものがあります。
更には、その次の世代も同様ではないでしょうか。
雇用延長によって「職縁社会」で生き続けることが長くなってきている時代ですから。
今回のOB会もその典型的な一例です。

職縁社会から離れ、すぐに夢縁社会に入れるかというと、そんなことはないと思います。
堺屋氏のコメントの中には、ひとつ大きなヒントがあるように思えます。
それは、これからの人生をどう生きるか、どのように過ごしていこうかということを考える前に、今まで歩んできた人生を振り返ってみることだと思います。
このことってなかなか難しいんです。
なぜなら気づかないことがあるからなんです
今まで周りから言われても「ああ~、分かっているよ」「俺もそう思うよ」と言って簡単に返事したことが、実は何も分かっていなかったことがたくさんあることなんです。
分かっているつもりが、実は何も分かっていなかったことなんです。
私自身のひとつの例として、以前ブログで書いた「親の介護」もそうでした。

これからのことを考える前に、堺屋氏が言う「棚卸し」が必要だということがあるんですね。

以前、私のブログの読者から小説「終わった人」(内館牧子著)を紹介されました。
この物語も主人公の退職前後のこと、それ以降の生き方を模索していくストーリーが描かれていました。
ここにも「職縁社会」から「夢縁社会」、そして「棚卸し」というキーワード見え隠れしています。

 

次回は、小説「終わった人」を中心にこれからの生き方、過ごし方を考えていきたいと思います。

 

つづく

 

2 thoughts on “60歳からの現実(リアル) (10)

  1. リンロンです。いつも楽しく読ませていただいております。

    定年、あるいは60歳という切り口での、心を去来する思いや将来への不安や計画など、人それ
    ぞれのそれまでの経験やその時点での状況、果ては連れ合いとの関係性や家族の状況などを含め
    て本当に十人十色でしょう。

     「人生の棚卸し」にしても、そんな「棚卸し」をするような状況ではまだない!という人も多
    いと思いますが、ごく一般的にはこの「退職」前後でこれまで、そしてこれからを一度総ざらい
    してみるのは意義があることだと思います。

    私事になりますが、50歳で一度それまで勤めていた企業を退職し、アメリカに永住する、とい
    う決断をして、それ以降はそれまでの企業に勤めていればなんとかなるという状態からなにもか
    も自分で決断してその結果に対しては自分が全責任を負う、という状況が今まで続いてきまし
    た。 そういう状況だと退職時点だけの「棚卸し」ではなく、一年一年が棚卸しだったよう
    な・・・。 まあそれも今年で終わり・・・のハズですが(笑)

     あと、言いにくいのですが、堺屋太一さんの「堺」が「境」になってますよ^^;

    1. リンロン88さん

      60歳定年といっても継続雇用や転職、起業などまだまだ働き続ける時代になってきました。
      リンロンさんのように50代での転職やアメリカ永住など、いろいろな意味で決断を要する場面にその時々ごと遭遇していますから、毎年「棚卸し」ということもわかります。
      それに比べ特に継続雇用の場合は、同一企業で継続して働くことですから、そういう意味では本来「棚卸し」の時期にそのまま通過してしまうんじゃないかな?と思ったりします。
      そして完全リタイアするまでそのままなのかな?と・・・。

      この「棚卸し」については、次回のブログで小説「終わった人」でもう少し考えていきたいと思います。

      「境屋」の誤字、ご指摘ありがとうございました。修正しました。

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