60歳からの現実(リアル) (3)

「林住期」を考えて

早期退職して2年半になります。                                           先日、会社時代の同僚たち(同期生)と都内で飲む機会がありました。          その時、同僚たちから「ヒマじゃないの?、退屈じゃないの?、何してるの?」なんて声をかけられました。自分がその立場だったら、退職した人に同じようにそうした質問を投げかけていたかもしれません。                             今まで忙しい毎日を送ってきた人間にとって、退職日を境にプッツリとその毎日がなくなり、それなりの用事はあったとしても空白期間は続きます。

「○○しなければならない」「○○すべきである」という考えや気持ちを持っている人に対して、「○○なことをしたい」「○○なことができる」ということを言っても、なかなかそういう気持ちは伝わりにくいのかなと思いました。                            ある定年退職者のブログにこんなことが書かれていました。                        定年後も現役時代の習性から趣味だ、スポーツ、地域活動、同窓会と、次から次へと予定を入れ手帳がスケジュールでうめてないと心おだやかでないという気持ちが理解できないわけではないが、私はそんな気分にはならなかった。                            たしかに定年後の一日は平坦で起伏がないかもしれないが、慣れると退屈ということはない。どちらかというと、無計画、その日、その日やることを気のむくまま考える。     それでいいと思っている。定年後の一日は長いというけれど、そんなことはない。

本格的登山や気軽な山歩き、夫婦くるま旅、親の介護、興味ある小説や関心のある書籍を読んだり、たまには映画や演劇を楽しんだり、それだけで充分だと思っています。      365日隙間なくスケジュールを埋めることなんてしたくはありません。           「自分が何をしたら幸せになるか」を考えて生きていければと思うばかりです。

人生の四つの時期のひとつ~「林住期」 

古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。                 「学生期(がくしょうき)」「家住期(かじゅうき)」、「林住期(りんじゅうき)」    「遊行期(ゆぎょうき)」。                               50歳をはっきりひとつの区切りとして受け止める必要がある、と私は思う。        そしてそこからはじまる25年、すなわち「林住期」をこそ、真の人生のクライマックスだと考えたいのだ。

2015林住期 五木寛之著 「林住期」より

本の中では「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」を各25年と考え、特に林住期の生き方を提案しています。今の日本の教育制度や定年退職制度などと比べると若干差異はあるものの、人生を四つの時期に分けた場合、おおむねこの期間に相当します。      林住期は50~75歳ですが、60歳と考えた時、生き方を変える、又は再考する時期ではないかと思います。

なんのために働くか

人間はなんのために働くのか。それは生きるためである。                そして生きるために働くとすれば、生きることが目的で、働くことは手段ではないのか。  いま私たちは、そこが逆になっているのではないかと感じることがある。「林住期」より

なんのために働くか?と言われれば生きるためではありますが、自分や家族が幸せに生きるためであり、又、広義にとれば社会が豊かになり他の人たちの幸せにつながっていくものだと思います。                                 しかし、働くこと(仕事)だけが優先されているため(個人の意識や企業の利益など)、本来の生きること(幸せになること)が疎かになってきているのではないでしょうか。

自分への問いかけ

人が本来なすべきこととはなにか。                          そもそもこの自分は、生きてなにをなそうと心に願っていたのだろうか。         自分がほんとうにやりたいと思うのはなにか。                     そういう問いかけは、追われながら走りつづけている日常からは、うまれてこない。    「林住期」にさしかかった人間にできることの一つは、そういった生活の足しにならないようなことを本気で自分に問い返してみるということだ。 「林住期」より

たしかに言われてみればそうだったのかもしれません。目の前にある忙しさに追われて周りが見えなかったような気がします。母が認知症を患っていることも、義父母の身体状態が介護認定に相当するまで進んでいたことも、親しい友人家族が原発事故の影響で苦しんでいることも・・・。                                  今まで犠牲にしてきたものがあったとすれば、それらを含め自分に問い返してみる時期なのかもしれません。

自分の気持ちを優先する時期

「林住期」の新の意味は、「必要」からではなく「興味」によって何事かをする、ということである。                                          以前と同じ仕事をずっと続けていくにしても、そのことさえはっきりさせれば、世界ががらりと変わってくる。要するに「林住期」においては、金のためなにかをしないと、決めるべきなのだ。 「林住期」より

今の世の中、「下流老人」「老後破産」など厳しい社会状況の中、一概に断定することはできません。一方で、何もすることがないからとりあえず金を稼ごう、株や投資にほとんどの時間を費やすなど・・・。個人の考えはそれぞれですが、そういう生き方には疑問を感じ、もったいないなという気持ちにもなります。                                         働き続けるにしても、自分や家族の幸せのために生きることを考え、行動する期間だと思います。

退屈な時間を楽しむ

退屈な時間をどう過ごすか、などと考えることは、本当は素晴らしく幸福なことなのだ。   私は、若いころ、退屈な時間をもてあますことが多かった。それがどんなに貴重な時間であるか。やがて年をとるにつれて、退屈な時間を楽しむすべをおぼえてきた。       今は退屈なときこそ、ほんとうに生きている貴重な時間のように感じている。       「林住期」より 

「無駄な時間」とは言いかえれば、自分にとって誰にも束縛されない自由な時間です。   自分がやりたいことや楽しむことができる時間です。そう考えれば「貴重な時間」です。  やりたいことがやれることは幸せなことだと思います。

 

なにか宗教的、哲学的な話になってしまいましたが、この「林住期」を考えた時、これからの生き方において大きなヒントになりました。

 

 

 

  

 

 

2 thoughts on “60歳からの現実(リアル) (3)

  1. 勉強だ仕事だというやる事決まっている生活をずっとしてきて、その生活を変えるのが、人によっては大変なのですよね。仰るように、私は今の時間がとても貴重だと感じております。それは、終わりまで余り残っていないという意味でもそうです。あっと言う間に2年過ぎてしまいました。これを10回繰り返すと平均寿命です。

  2. Taibunさん

    コメントありがとうございます。
    今まで仕事に追われ忙しい毎日を送ってきました。退職後、何かをしなければならないという思いにかられたりします。大なり小なり誰にでもあることだと思います。
    私も退職後2年半過ぎました。Taibunさんと同じようにあっと言う間に過ぎてしまいました。やりたいことをやってきて充実した日々でした。
    健康寿命70歳としたら残り10年です。それまでにいろいろなことをやってみたいと思っています。そういう意味では、この60歳代という年代は貴重な時間だと思います。

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